《旦那集の言葉》は浅野屋の5人の旦那の言葉を取り上げました。
【暖簾会について】
かつて、暖簾会は無尽講のように会費を集めて貯めました。若い人が独立開業するときや、資金繰りが厳しいときに、そのお金で支援しました。それが信用組合に発展したのです。他の業種とちがい、それほど開業資金がいらないので、独立開業しやすかったのです。また、暖簾の分けして、独立するとき、同じ屋号を許し、その屋号の店が増えていきました。ですから、蕎麦屋で暖簾会ができやすかったのでしょう。
《旦那集の言葉》
暖簾会のいいところは、おたがいがライバルというより、もともと仲間なのです。わからない部分を聞いたり、気がつかないところを指摘してもらったりする利点があります。
【天ぷら蕎麦】
冬はエビのおいしい季節です。今は、世界中からエビが輸入され、いつでも食べられます。蕎麦屋の定番メニューといえば、「天ぷら蕎麦」です。明治時代には、たいへんポピュラーなものになったのでしょう。夏目漱石の『坊ちゃん』でも、松山に着いた主人公は「天ぷら蕎麦」を4杯も食べたほどです。
《旦那衆の言葉》
「昔は、天ぷらをいかに温かい状態に保つか、という工夫をしているお店がありました。天ぷらに電気を当てておいたり、蕎麦の湯気で温めておいたり…」
【お酒と天ぷら蕎麦】
熱燗のおいしい季節です。酒飲みの方の食べ方に「天ぬき」があります。これは「蕎麦」の入っていない「天ぷら蕎麦」です。酒飲みが酒の肴として、「天ぷら蕎麦」を食べていると、どうしても時間がかかり、蕎麦も天ぷらも汁をすって、おいしくなくなります。そこで「蕎麦の入っていない天ぷら蕎麦」を肴に酒を飲みます。そして、お酒を飲み終った後、蕎麦をいただきます。つまり、天ぷらを「天つゆ」でなく、「蕎麦つゆ」で食べたいわけです。
《旦那集の言葉》
「年越し蕎麦のほとんどが、天ぷら蕎麦か、もりです。お酒飲みや仕事の際の腹ごしらえにも最適です」
【年越し蕎麦】
蕎麦に関するイベントがなくなる中で、今でもしっかり生活に根付いている風習です。いわれは、いろいろな説があります。「蕎麦のように細く長く生きる」という説は一般的です。蕎麦はきれいに切れるから、「悪いことはスッパリ切る」という忘年会的発想も有名。それから、金の延べ板を作るとき、蕎麦粉を使うことから、金が延びる。つまり儲かるという説もあります。砂金を集めるとき、蕎麦粉を使うので、金を集める。どちらも、お金にまつわるのもおもしろいですね。
《旦那集の言葉》
「一年の最後の最後まで、商売をさせていただけるのですから、先祖に感謝です。大晦日の蕎麦屋は大忙し。子供がチョロチョロするとジャマです。私の子供のころ、帳場の3畳間の柱に、紐でくくられていたくらいです」
【正月休み】
大晦日の忙しさが明け方で一段落。昔は職人さんや女の子が正月の電車の始発で故郷に帰っていきました。3日の晩に戻ってきます。3日の休みといいますが、遠い田舎の人は、ほぼ1日しか休みがありませんでした。
《旦那集の言葉》
「昔は女の子が帰っていくと、里心がついて、2度と戻ってこないんじゃないかと思って…。心配でしたよ。それから、年越し蕎麦のドンブリを下げ忘れて、正月までお宅の前に置いてあってはダメです。早めに取りに行かなくてはなりません」
【うどんとラーメン】
「蕎麦以外は出さない店」もあれば、「なんでも出す店」あります。お蕎麦屋さんの、どんぶり物、カレー、うどんもおいしいんです。要するにセンスのいい職人は何を作らせてもいいわけで…。以前はラーメンもよくありました。出汁(だし)が効いて、醤油味で、麺も腰がありよかったのです。「東京ラーメン」といっていました。蕎麦は蕎麦湯がピッタリですが、ラーメンとカレーは水、どんぶり物はお茶が合います。
《旦那集の言葉》
「ラーメンがなくなったのをなつがしがる人がいます。『お蕎麦屋さんでラーメンを注文するのは申し訳なくて…』という人がいました。なくなった原因はこのあたりにありますね」
【忠臣蔵】
お蕎麦屋さんで討ち入りの打ち合わせをしたのは有名で、映画、芝居、講談、落語などに出てきます。そのわりには、はっきりと、食べてるシーンが描かれていないようで…。先代の桂文治が落語でやっておりました。「忠臣蔵はクーデターの始まりだ。蕎麦を『食う』と、討ち入りに『出た』から。『食う』と『出た』で、『クーデター』だ」と。
《旦那集の言葉》
「冬場のスタミナ食として、蕎麦といっしょに食べるといいものがあります。ビタミン補給の果物や野菜、乳製品、玉子などです」
【 冬 】 【 秋 】 【 夏 】 【 春 】